江戸時代、平和で長閑な農村だった旧上北沢村を大災害が襲いました。1707年富士山が中腹から大噴火した「宝永大噴火」と呼ばれる自然災害です。現在の桜上水周辺にも火山灰が一面に積もり、作物は全滅し、人々は恐れおののくばかりだったそうです。
この時、宇兵衛という農夫が立ち上がり、遠く和歌山の熊野の社寺を巡ってお参りし、有難い土を頂いて帰りました。この土を密蔵院の住職が勝利八幡様に納めたところ、周辺地域の緑が復活し、豊かな実りが戻ってきたということです。

出典:上北沢桜並木会議より

江戸時代、平和で長閑な農村だった旧上北沢村を大災害が襲いました。1707年富士山が中腹から大噴火した「宝永大噴火」と呼ばれる自然災害です。現在の桜上水周辺にも火山灰が一面に積もり、作物は全滅し、人々は恐れおののくばかりだったそうです。
この時、宇兵衛という農夫が立ち上がり、遠く和歌山の熊野の社寺を巡ってお参りし、有難い土を頂いて帰りました。この土を密蔵院の住職が勝利八幡様に納めたところ、周辺地域の緑が復活し、豊かな実りが戻ってきたということです。

出典:上北沢桜並木会議より